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住めば広島

東広島市に赴任してきた30代OLの日々。ねずみと犬と三人暮らし。

ラットさんの動く城(ラットは出てきません)

ラットハウスがコロコロで動くので、ラットの動く城だねえとかいう話をしていて、久々にハウルの動く城のことを思い出しました。

私はあれ大好きなんだけど、まあ7割はハウルかっこいいというだけの理由です。残りの3割は、地味なソフィーのコンプレックスに、当時強烈に共感したから。

早くおばあさんになって、美しさで他人から査定されることから解放されたいっていう気持ち。髪が黒くなっちゃって「美しくなければ生きていたって仕方ない」と落ち込むハウルに、「私は美しかったことなんて一度もない!ハウルのバカ!ヘタレ!クズ!おかっぱ!」と(までは言わなかったかもしれないけど)ブチ切れた気持ち。ハウルに「ソフィーはきれいだよ」って言われても、ちょっと期待しそうになる前にすっと心を閉じ「年寄りの良いところは失うものが無いこと」と老婆の姿に戻るときの気持ち。卑屈で弱くて、自分の殻のなかにいっぱいコンプレックスが詰まってて、他人の好意もちゃんと受け取れない。ああ、めんどくさい自意識ですねえ。

 

それから10年以上たって振り返ってみたら、確かにある点においてソフィーは正しかった。年をとれば、確かに外見の重要度は下がる。このペースでいけばお婆さんになる頃には相当のフリーダム。どうでもよくなります。

ただ、年と共にブスは気にならなくなるけど、能力とか内面とかのウェイトは大きくなりますよね。年のせいもあるけど、仕事し始めると明確に。学生だった私は外見のことでそれだけ悩めてましたが、社会に出てみれば地味だろうと美人だろうと仕事ができることのほうが大事で、そりゃ誰もが振り向く美人だったらなあって思うけど、仕事ができない時点でそんなこと悩んでる場合じゃなくなってしまいました。(ソフィーは婆さんになっても高い家事能力があり、それを武器にハウルの動く城に押し掛け家政婦として居座る)

昔から、年と共に失われるものに頼るのは怖い、年齢に見合う武器を身につけたい、という焦りはありました(資格・検定とりまくってたのもそのせい)が、能力も人格も年齢に追いつくことができないまま年をとり続けています。そのせいで新しい悩みは尽きないけど、ソフィーのストレスにさらされることはこれからも減っていくんだからそこだけとりあえず喜んどこうと思います。