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住めば広島

東広島市に赴任してきた30代OLの日々。ねずみと犬と三人暮らし。

生きる意味って

今日のことじゃないけど、既婚子持ちの男性に「子供と出会ったことが自分の生きる意味だ」と言われ、それはいいんだけどその後に「子供をつくらぬ夫婦など結婚の意味がない、子供をつくらない人生は生きてる意味がない」と言われました。

その人は子供を持ててめっちゃハッピー素晴らしい!っていう気持ちを表したかっただけかもしれんけど、「今どきなんてこと言うんだろう」と内心びっくりすると同時に、もっと内心ではこっそり傷つきました。そして「子供をつくったこと以外価値が無いなんて残念な人生だな」と軽蔑してみたりもしました。

 

いま思い返してみてもその人の発言はやっぱろくなもんじゃねーなと思いますが、人生の意味を子供とか他者に求めるのってラクだよね、とは思います。犬を飼ってみて。まあそれはそれで、ろくなもんじゃないですけど。

 

「お父さんは家族のために頑張って働いてる」って言うでしょ?家族を養うため、時には理不尽なことに耐えたりもするでしょ?じゃ扶養家族のいない私は誰のために頑張ればいいの。ただ自分ひとりが生きていくために働くことがふと無意味に思える時、何を支えにしたらいいの。

 

答えは、犬でーす。 ワーイ

もうこれ以上考えなくてすみます。よかったよかった。

これが守るものがある強さってやつか。え、違う?

  

私のようなアホで仕事できない人間はもう辞めたほうがいいんじゃないかって思う事は数知れずあります。そんなときは「でも生きていくためには働かねばならぬ」って納得しようとします。しかし時に「じゃあそもそも何故生きていかねばならんの?」という禁断の暗い思考に簡単に陥ってしまうあたり、ずぼらでいい加減な私にも仕事中心ジャパニーズの魂が根付いている証拠だと思うのですが、この無駄に暗い思考は「だって犬を養わないと」という魔法の言葉で簡単に停止できます(停止だけで解決はしないけど)。仕事してお金を稼いでいる限り、犬の役には立ってるもん。ネズミのときはそこまで思わなかったけど、単にお金がかからないからかと。

 

今、前述の男性に言い返すとしたら、「そうですね、こんな自分にも存在価値がある、だって子供を育ててるもん!って思えたらそれ以上考えなくていいから楽ですよね」かな。別にそういうつもりで言ったんじゃないことは分かってるけど、どんなつもりだろうとろくなもんじゃねーよ。犬を引き合いに出したりしたけど、結局のところ今日のブログを一言で表すと「私は怒りました」って事に尽きるのかな、とこれを書きながら思いました。